箴言 1章7節

「主を恐れることは知識のはじめ」
聖書には、日本のことわざのように、知恵のことばと呼ばれる箴言(しんげん)が、収められています。でもただのことわざではありません。私たち人間は、創造者なる神さまによってつくられました。ですから「どのように人生を歩めばよいのか」を、本当に知っているのは神さまです。これを真の知恵として伝えているのが箴言です。
私たちは、様々なことをお恐れます。不安になります。そればかりか、恐れと不安から行動してしまうものです。それはある意味で、恐れという鎖に囚われていると言えます。ですから聖書には「恐れてはならない」という命令が、何度も繰り返し出てきます。「恐れるな。わたしは(神)あなたとともにいる。たじろぐな。わたしがあなたの神だから。わたしはあなたを強くし、あなたを助け、わたしの義の右の手であなたを守る」(聖書)。
ところが、聖書には「恐れよ」という命令が、繰り返されます。恐れるなと、恐れよでは矛盾するように感じます。でも矛盾していません。箴言をはじめ、真の知恵は、私たちが創造者なる神さまを知り、このお方を正しく畏れ敬う時、それ以外の恐れは消え去ると教えます。神さまを畏れる時、人への恐れ、災いへの恐れ、経済的な恐れ、健康上の恐れなど、一切の恐れが消え去るのです。なぜなら、神さまは、神さまを信頼し従う人々を、守り導かれるからです。このお方に立ち向かい、勝ることのできる存在はありません。神さまを畏れる者は、その他の恐れから解放されるのです。(*「神さまを恐れる」とは、神の偉大さ、権威、力の正しく知り、敬い畏れるとの意味です。)
このお方を知り、正しく畏れはじめる時、神さまに創造されたあるべき私たちの歩みもはじまるのです。このお方を知るため、また礼拝するため、ぜひ日曜礼拝へお越しください。