(新約聖書)ヨハネの福音書7章37節−39節
イエスは大声で叫ばれました。「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい」。とても印象的なことばです。さらに、イエスが叫ばれた時が、祭りの終わり、それも「仮庵(かりいお)の祭り」の最後の場面だったことは、インパクとがありました。
この祭りは、イエスから遡りおよそ1400年前の出エジプト以来、毎年続けられてきました。出エジプトは、映画「エグゾーダス」で有名な、あの奴隷だったイスラエルが、真っ二つに割れた海の間を通って、エジプトから救い出された出来事です。この救いを記念する為の祭りで、七日間かけて行なわれます。さらに、この祭りのクライマックスでは「水」が重要な役割をもちます。出エジプトした民は、砂漠で渇きました。そして、神は岩から水を出して、彼らの渇きを満たされました。それを記念する為、祭りの最後に、「水」が神殿の前に運ばれるのです。
このクライマックスの時に、イエスは、多くの群衆に向けて叫ばれたのです。「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい」。
イエスは、喉の渇きを満たす為にこのことを言ったのではありません。イエスは、全ての人間の心の渇きを満たす為に言われたのです。心の渇きを満たすことができる人や物はこの世にありません。イエスだけが唯一満たすことのできるお方です。イエスのことばに従い、イエスの所に来る者は誰でも、心の渇きが満たされます。それだけでなく、その人の心から命の水の川が流れ出て、他の人を満たすことになるのです。(このことは、神であられる聖霊が心の中に住まわれることによって実現します)。
誰でも渇きをおぼえているなら、イエス・キリストのもとに行きましょう。